琉球のやきものは、六百年ほど前から中国や朝鮮、日本、東南アジアの国々の影響を受けながら、その色彩、技法、形において、琉球独自のものを形成し、発展してきました。
形も、鉢、徳利、碗、皿、壺、香炉、花立、茶器など、あらゆる生活用品が生み出され、逞しく力強い造形が見所です。
記録によると、17世紀頃、沖縄が琉球と呼ばれていた時代に、当時の政府が焼き物産業を発展させようと考え、現在の沖縄那覇市壺屋に、各地に点在していた窯場を集め、焼き物の里をつくったことが始まりとされています。1970年代に入り、黒煙による害のため、市街地ででの登り窯の使用が出来なくなり、登り窯での制作にこだわる職人たちが、読谷村に窯を移しました。現在、読谷村は焼物の一大産地として知られるようになり、観光客を始め、多くの人で賑わっています。
さらに、その活力に引き寄せられるように、琉球硝子やシーサーといった、沖縄の伝統工芸の多くの作家たちも読谷村に工房を構え、読谷村は芸術の町として成長を続けています。
|